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職場がおうちへやってきた 第14回 - サクセスストーリー

[2009年10月29日掲載]

(手記)充実した毎日を送れるように

OKIネットワーカーズ 小林純也

記憶にある一番初めは、病院の廊下、ストレッチャーの上。筋肉の繊維を検査する、といって太ももをちょっと切った、小学校に上がったばかりの夏休み。その時から、“クーゲルベルグ・ヴェランダー”という病気と付き合ってきました。脊髄性筋萎縮症の一種です。

歩き始めた幼い頃から、何もないところで転んでしまう。どの病院に行っても「運動不足」「成長が良くない」と言われました。両親は納得がいかない。神奈川県立こども医療センターで精密検査を受けたのです。

医師は、「これは病気かもしれない」と言いました。

水泳、野球、サッカー……。何をやっても「運動不足」と言われる。相変わらずよく転ぶうえに走れない。そんな時に診断されたのが“クーゲルベルグ・ヴェランダー”でした。その時は、年齢的なものもあって、「へぇ、ボクって病気なんだ」と思うくらいでした。

中学・高校は電車通学でした。当時はまだ歩けたこともあり、手すりをつかめば10分間ほどで、ホームの階段を上がることができました。ラッシュの始まる前に学校に着くように家を出て、教室で本を読んで始業を待つというのが日課でした。ターミナル駅での乗り換えもあったので、寄り道したり遊んだり、いろいろな経験ができたと思います。

大学時代は、余暇を利用して自動車運転免許や簿記資格を取得。それから友人たちと目いっぱいに遊びました。活動範囲の広がりは、自分でも驚くほどのものでした。充実した毎日を過ごせたのは、自動車運転免許と、多くの友人たちのお陰だと思っています。

楽しい学生時代でしたが、就職については不安がありました。いわゆる就職氷河期。ただでさえ、職を得ることが難しかったのです。

〈進行性の病気ということで断られないだろうか、いや、そもそも書類選考も突破できないのではないか〉

大学4年の時に、縁あって、障害者の雇用をしたいという話のあったところへ就職しました。クライアント情報の管理業務、庶務的な業務がメインで、パソコンの知識や司書の資格が役に立ちました。

半年後、卒業論文で忙しくなってきた頃に、もう一人、障害を持つ方の就職が決まりました。そこで上司に相談し、私は退職して学業に専念することにしました。でも、この経験は自信につながりました。障害があっても、デスクワークならできるのです。

大学卒業後は市役所の職員として採用され、税務と福祉に携わりました。窓口業務、電話応対、出張、出先での会議。とても忙しく、体力的にもかなりハードな仕事でした。

この頃から病気の進行が早まり、杖から車いすになりました。これは、職場で転倒して頭を打ったことがきっかけです。上司と相談の結果、車いすで仕事のしやすい部署に異動させてもらいました。しかし、転居をしたこともあって通勤が厳しくなり、やむなく退職しました。毎朝挨拶を交わしていた、福祉センター行きのバスを待つおばあちゃんたちが、とても残念がってくれたのを思い出します。

そのあと就職した会社でも、社内の機構改革で事務所が移転。通勤ができなくなり、退職、転職の選択を余儀なくされました。

〈車いすでも仕事のできる職場はないだろうか……〉

そして、OKIワークウェルの存在を知ったのです。OKIワークウェルのホームページを見て電話したのが始まりで、在宅勤務実践研修を経て入社することになりました。

私の場合、特別に何かができるというわけではありません。でも、これまで経験してきた事務系の業務を中心に、いろいろな仕事をさせていただいています。

子供の頃は、「進んでいく病気だから、いつかいろんなことができなくなる」などと言われたものですが、いつの間にか「今はこれができる、あれが今ならできる。では、それをやってみよう」と思えるようになっていました。もともと楽天家で、「どうにかなるさ」と、やってきたせいでしょうか。

これからも充実した毎日を送れるよう、仕事に遊びに、楽しみを見つけながら暮らしていきたいと思っています。

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