職場がおうちへやってきた

職場がおうちへやってきた 第4回 - OKIネットワーカーズ誕生秘話

[2009年6月2日掲載]

チャレンジド

木村は、インターネットめぐりを続けた。当時は情報も少なく、表示にも時間のかかる時代だった。しかしそれだけに、余裕を持って情報を収集することができた。ある日、偶然たどり着いたホームページがあった。このインターネットでの出会いが、木村の思いを大きく開花させることになる。

プロップ・ステーション(現・社会福祉法人プロップ・ステーション)。プロフィールには、“チャレンジドの自立と社会参画、とりわけ就労の促進や雇用の創出を目的に活動する”とある。木村はチャレンジドという言葉を、その時初めて知った。チャレンジャーではなく、チャレンジド。どうして受身形を使うのだろう。それについて、理事長の竹中ナミさんによる説明があった。

“神から、チャレンジすべきものを与えられた人”

竹中さんは、重い心身障害を持つ子どもの母親だった。療育を通して得た思い、知識や経験をもとに、障害者の自立と社会参加を目指すプロップ・ステーションを立ち上げたのである。チャレンジドとは、その活動の中で確立された定義であった。木村は、いたく感心した。しかしそれにも増して、関西弁で綴る竹中さんのコメントに驚いてしまった。

「チャレンジドを納税者にせなあかん」
「チャレンジドを人材として考えないと国にとって損失や」

チャレンジドを社会が保護する対象としてではなく、社会の参加者としてとらえようとしている。目からウロコが落ちるとはこのことである。弱者に手を差しのべて助ける、それが社会貢献だ、木村には、どこかにそんなイメージがあった。社会における障害者の位置づけを、福祉の対象としてしか考えていなかったかもしれない。

竹中さんは、もう一つ、こんな提言をしていた。

「パソコンがチャレンジドを変える」

チャレンジドが社会で自立するために、パソコンが有用だというのである。パソコンの技術があれば、ハンディがあっても仕事ができる。仕事ができれば人材になる。人材として認められれば就労も可能である。そして、その就労にはコンピューター・ネットワークを活用した“在宅ワーク”が有効な手段である、と。

〈障害者の在宅雇用……〉

木村は閃いた。コンピューター・ネットワークといえば、まさにOKIのビジネス分野である。それを活用して、障害者を在宅で雇用する。これぞ、企業の事業特性を活かした社会貢献になるのではないか。

OKIにはすでに、障害を持つ社員が多くいた。障害者を採用するための特別な枠が設けられているわけではない。入社後に障害を負ったとか、採用者の中にたまたま障害者がいたといったケースである。OKIの関連会社の中には、採用基準を下げて、契約社員として採用するなどして、障害者向けに門戸を開いているところもある。どちらにしても、通勤ができることが条件であった。重度障害者の在宅雇用が実現すれば、OKIにとって画期的な取り組みとなる。

しかし、ここはシビアなビジネスの世界である。実際に採用するとなると、それなりの人材でなくてはならない。ビジネスマンとしての素養—— 少なくともITの専門知識、一定水準のスキルがなければ、OKIとして雇用する意味がない。

かといって、重度障害者が専門知識や技術を学べるチャンスは、そうあるものではない。ボランティア活動で多くの障害者と交流を持ってきた木村は、そういう現状もよく分かっていた。企業の戦力となるほどのスキルを持つ人材を、重度障害者に求めることができるのだろうか。

加えて、重度障害者だけに体力的な問題もある。たとえ在宅勤務であっても、よほど状態が良くない限り、健常者と同じようなスケジュールで仕事をこなすことは困難である。

〈これはちょっと、難しいかな〉

いや、ここであきらめるわけにはいかない。何か、どこかに可能性を見いだせるはずだ。重度障害者の在宅雇用に進むべき道がある。木村には、そう感じられてならなかったのである。

<次回(2009年6月16日発行)につづく>

サクセスストーリー

OKIワークウェルで活躍するOKIネットワーカーズのメンバーを物語でご紹介します。

  • 継続は力なり
    OKIネットワーカーズの黎明期を担った、中島徹治。(頚椎損傷)

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