職場がおうちへやってきた

職場がおうちへやってきた 第12回 - サクセスストーリー

[2009年10月8日掲載]

いつも前向き

「障害を持っている、っていう感覚はありません」

深田洋子(ふかだ・ようこ=仮名)は、そう言って微笑んだ。確かに彼女には、病気とたたかっているような悲壮感がない。ムードメーカーであり、グループウェアからの業務開始メールには、同僚に語りかけるようなメッセージを添える。明るく、ユーモアがあって、さぞ、毎日を愉快に過ごしているかのように見える。

ところが、洋子は、腎臓に重い病気を抱えている。腎不全の状態で、本人はその末期だと説明する。しかし、今のところ病状は安定している。

20数年前、洋子は郵政省(現在の郵便局株式会社)に就職した。窓口業務などをこなした。発病はその頃のことである。病名を告げられたものの、特にこれといった症状はなかった。音もなく、ゆっくりと病気が進行していったという。

その中で、1級ファイナンシャルプランニング技能士の資格を取得した。「顧客の資産に応じた貯蓄・投資等のプランの立案・相談に必要な技能」(金融財政事情研究会ホームページより抜粋)。金融に関する総合的なアドバイスのできる、スペシャリストである。

「仕事で必要になったんです。でも先々のことを考えると、自活できるツールになるのではないか、とも思いました」

ただ、受験勉強は困難をきわめた。ある症状が出始めたからである。“レストレスレグス”という症状である。下半身を中心に、かゆみなどを伴うムズムズ感があり、少しのあいだでも、じっとしていられないのだ。集中できない。机に向かうだけでつらかった。無理を重ねたが、その努力は報われたのだった。

その後、20年勤めた郵政省を退職。レストレスレグスなど、体調への不安もあってのことである。しかし洋子は、次の一歩を踏み出そうとする。

洋子は、雄大な大自然の中で、のびのびと育った。野山を駆けまわり、花を摘み、虫を捕らえる。川で泳いだり、森に秘密基地を作って遊んだりした。そんな活発さから、小学校ではハイジャンプ、中学校ではバスケット、高校ではバレーボールの選手として活躍。一方で読書をたしなむような、勉強好きな少女でもあった。

そんな洋子である。一歩でも半歩でも常に前進したい。前向きに生きることが、彼女のモチベーションなのだ。これからの自分の進むべき道を模索する中で、洋子はNPO法人ウィーキャン世田谷の存在を知るところとなる。障害者のパソコン技能を向上させ、就職に繋げようと支援する団体である。

これだ、と思った。

問い合わせを試みたところ、すぐに研修生として参加できることになった。パソコン歴は長いかもしれないが、アプリケーションなどを十分に扱ったことはなかった。それだけにウィーキャン世田谷での講習は、洋子にとって新鮮なものだった。

ウィーキャン世田谷では、幅広い年代で、さまざまな経歴を持つ講師や研修生との出会いに刺激を受けた。ことに、理事長・鈴木千恵子さんとの出会いは運命的だった。洋子をOKIワークウェルに導いてくれた人物である。

OKIワークウェルでは、すぐに入社が決まった。こんな自分に、在宅での仕事がうまくできるのか。会社に迷惑をかけるようなことにならないだろうか。そんな不安を抱えつつ、洋子は新人として業務に飛び込んで行くのだった。

パソコンの作業は、いつも正座で臨む。レストレスレグスが解消することはない。足に負荷をかけないと集中できないからだ。こういった工夫を重ねながら、ネットワーカーズとしての職務を果たしているのである。

そんな洋子を、夫や娘たちが支えている。特に18歳の娘は、美容師を目ざしながら、家事全般をまかなってくれる。そういう温かい支援があってこそ、明るく順調な毎日を送ることができるのだろう。

プライベートでは、茶道をたしなみ、着物の着付け講師の免状も持つ。いちばんの趣味は海外旅行。それは楽しみであると同時に、自分への挑戦でもあるという。〈旅客機のせまいシートで、どのくらいがんばれるか〉といった、彼女ならでは課題があるのだ。

「願いは、持たないと叶いませんから」

屈託のない笑顔が、ちょっとかわいらしい。しかし、そのほほ笑みからは、生きようという強い意欲がにじみ出ている。

夢は、金融関係の知識を活かして社会に貢献すること。そのために、アメリカでの臓器移植も視野に入れている。

どこまでも、前向きな人である。

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