職場がおうちへやってきた

職場がおうちへやってきた 第9回 - サクセスストーリー

[2009年8月18日掲載]

1,000kmの遠隔地で

本社から一番遠い場所にいるメンバーは、新原弘一(にいはら・こういち)である。鹿児島県鹿児島市。東京から1,000kmの地である。

彼は、頚椎損傷のため車いすで生活している。手足がマヒしており、指もまったく動かない。しかし、パソコンの操作はできる。トラックボールを巧みに操り、ボールペンで作った自助具を指に挟んでキーボードを叩く。これで、得意なイラストや絵、ポスターまで描いてしまう。訓練の賜物である。

障害を負ったのは1988年、高校時代のことだった。ラグビーの練習試合中にタックルを受け、頭部を地面に強打した。その衝撃で首の骨を折ってしまったのである。四肢がマヒした。体調が安定するまでの1年間は寝たきりだった。心にも身体にも、重苦しい痛みがのしかかった。

周囲に取り残されてしまったという悲しみと焦り、先の見えない不安。そんな思いにさいなまれる毎日だった。受傷から1年後、リハビリの為、大分県別府市にある、国立別府重度身体障害者センターに入所した。

そこには、頸椎損傷と闘う大勢の患者がいた。自分と同年代の者も少なくなかった。あちらこちらで、それぞれのリハビリが日々繰り広げられている。その活気に満ちた環境に溶け込むうちに、〈自分だけじゃないんだ〉と思うようになった。

リハビリは5年間にもおよんだ。うまくいかないことも度々あった。しかし、共に障害と闘う仲間たちがいたおかげで、自身の障害と向き合うことができたのである。

国立別府重度身体障害者センターでの訓練が終了したのち、鹿児島市内の身体障害者療護施設に入所する。そこで一生を過ごすつもりだった。

入所者の中に、パソコンを楽しんでいる人がいた。その姿に触発され、パソコンに興味を持った。手指の自由がきかないことで、最初はキーボードに触れるだけでも困難だった。しかし、そのうちに、パソコンに向かうのが日課になった。

OKIネットワーカーズのメンバーの多くは、社会福祉法人東京コロニーのIT在宅講習などの専門機関による訓練でパソコンの技術をマスターしている。しかし彼の場合は、ほぼ独学である。ガイドや専門書を読みあさり、分からないところはパソコンの得意な人に質問する。時間はかかったが、それに見合うだけの収穫があった。

そういった暮らしの中で、彼の人生を変える明るい出来事があった。結婚である。それを機に施設を出て、故郷の指宿市で、妻と新しい生活を始めた。同時に、親族の経営する会社に就職する。

会社では、会議の資料やパンフレット、名刺の作成といった業務に当たった。ホームページのデザインも手がけた。一人で行うことの多い、いくらか地味な仕事ではあった。しかし、これが程よくスキルを盛り上げる。のちに飛び込むITの世界、OKIワークウェルの在宅勤務にも通じるものがあった。

自立を実現させ、順風に帆を上げたのだった。ところが、3年ほど経ったところで会社が経営難に陥ってしまう。その影響で、退職せざるを得なくなった。

〈すぐに仕事を探さないと……〉

ハローワークに通った。しかし、障害者を雇ってくれる会社など、そう簡単に見つかるものではなかった。在宅勤務となれば、なおさらである。

そんなある日のこと。新聞を読んでいるうちに、片隅に載っている小さな記事が目に留まった。何でも、重度障害者の在宅雇用を専門に行う会社が設立されるというのだ。もちろん、OKIワークウェルのことである。パソコンとインターネットを使った在宅勤務。これぞ、自分には打ってつけの仕事ではないか。

すぐにインターネットで検索し、OKIワークウェルの電話番号とメールアドレスを入手。まずは電話での問い合わせを試みた。

だが、会社は設立前ともあって慌しい様子だった。社長も飛び回っているらしく、何度電話しても不在だった。そこで彼は、電子メールに自身の障害の状態や就職への意欲を書き、趣味で描いていたCGやイラストを添付して送った。必死だった。生活がかかっているのだ。

数日後、OKIワークウェルの社長、木村から電話がかかってきた。

「求人は終わっています」

今後の求人について聞いても「予定はありません」と言う。ただ、木村社長はこんな言葉をかけてくれた。

「ほかにも作ったものがあれば、見てみたいので送ってください」

しかしそれきり、OKIワークウェルからは何の音沙汰もなかった。やはり、こんな遠隔地では無理だったか……。数週間が過ぎ、彼はあきらめかけた。

と、その時、電話が高らかに鳴り響いた。木村社長からだった。鹿児島まで面接をしに来ると言う。

「あの時の嬉しさと驚きは、今でも忘れられません。まさか鹿児島まで来てくださるなんて……。しかも採用となって、本当にうれしかった。夢のようでした」

このOKIワークウェルに少しでも恩返しをしたい。本社から1,000kmの地で、彼は今日も活き活きとテレワークに勤しんでいる。

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