職場がおうちへやってきた

職場がおうちへやってきた 第5回 - サクセスストーリー

[2009年6月16日掲載]

マイペースで1歩ずつ!

D氏は脳性マヒである。日常生活のすべてに、家族の介助を必要としている。みずからの障害については、幼いころから自然に受け入れてきた。全身が自由にならない。言葉が重たい。それが当り前の自分だからである。

Dは家庭環境に恵まれた。優しい両親のもとで、妹とともに明るくまっすぐに育った。おしゃべりで、お絵描きの好きな女の子だった。一年間、養護学校に通ったのち、改めて普通小学校に入学。中学以降も、友だちと一緒に普通校で学んだ。

そんなDだったが、思春期はもちろん悩んだ。順調な成長の証しである。障害そのものにではなく、障害のためにうまくいかないこと、友だちと同じようにできないことを憂えたりもした。それでもDは、マイペースな性格と、まわりの協力も相まって、悩みや問題があっても前へ進むことができた。

Dは、普通高校から和光大学人文学部に進学する。大学では英文学や在日外国人について学んだ。他にも障害をもつ学生が在学しており、さまざまな出会いもあった。楽しく、充実した4年間だった。その達成感が、さらに自立へのチャレンジへとつながっていく。

しかし、いざ就職となると、現実は厳しいものだった。どの会社も、いわば門前払い。Dのような重度の身体障害者を、社員として受け入れる体制が整っていないというのだ。通勤が難しいとなれば、なおさら条件が悪くなる。どこもかしこも、試験にすらこぎ着くことができない。

〈在宅勤務ができればいいのに……〉

Dは、在宅勤務での就職先を求めた。四方八方にアンテナを向け、障害をもつ学生を対象にする就職面談会にも参加してみた。しかし在宅勤務を条件にするような求人は、どこにもなかった。Dはそれでも、あえて在宅勤務にこだわった。そして、さまざまな情報に触れているうちに、漠然とした可能性が見えてきた。

〈パソコンや情報処理の技術があれば、在宅勤務ができるかもしれない!〉

パソコンの勉強をしたい。そう思ったとたん、探し求めるものが向こうからやってきた。就職支援を相談していた市役所から、障害者職業センターを紹介されたのである。障害者のための職業訓練や相談、講習を行っている公的機関である。

Dは早速相談に行き、そこでパソコンのOA(ワープロ)講習を受けることにした。小学校5、6年の頃から、キーボードを鼻で打つという独自の方法で、ワープロを使いこなしてきたD。思いのほか楽しく感じられ、訓練がはかどった。

〈もっと、もっと勉強したい〉

そんな思いを持ち続けているうちに、社会福祉法人東京コロニーの存在を知るところとなる。東京コロニーでは、東京都の補助事業である“IT技術者在宅養成講座”を実施している。重度の身体障害者が、在宅のまま受けられる講座である。2年間のプログラムで、情報処理技術をマスターできる。技術のみならず、社会性やビジネスマナーまでも学ぶことができる。Dは迷うことなく、その講座に飛びついた。

この講座では、自宅のパソコンやネット環境などの相談にも乗ってくれる。Dはマウスが使えないため、ボタンをあごで押して操作する機器を取り付けてもらった。(現在は市販のトラックボールをあごで操作している)。

アプリケーションなどの勉強は、とても新鮮だった。大きなやりがいを感じたDは、驚くほどの集中力で、情報処理の知識と技能を身につけていく。在宅就労につながれば、という強い思いがそうさせたのかもしれない。しかし、ゼロからのスタート。その努力は並大抵のものではなかった。

Dは、ひととおりのIT技術を身につけた。第二種情報処理技術者、そして初級システムアドミニストレータの資格も取得した。こうして、在宅勤務でやっていけるという自信を得るに至ったのである。

東京コロニーは、そんなDをOKI社会貢献推進室の木村室長に推薦した。DはITの技術を見込まれ、ただちにOKIネットワーカーズとして採用された。ついに、在宅就労を手中に収めたのである。

うれしさと、ホッとした気持ち。Dは思った。自分の力を活かして、できる限りがんばっていこう、と。その後2004年、ほかのメンバーと共に、創立されたOKIワークウェルの一員となる。業務の一つとして、かつてみずからが学んだ、IT技術者在宅養成講座の講師も務めている。

「マイペースで1歩ずつ!」ゆっくりでもベストをつくせば、きっと良い方向に導かれる。これは、Dが自身の経験から得たモットーだ。

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