木村のつぶやき つぶやきNo.4(2007年4月) 会社設立満3年、ジャンプの年に
早いもので、今年の3月でOKIワークウェルを設立して満3年になりました。OKIネットワーカーズがOKIの中にいるより、もともとバーチャルカンパニーのような組織であったので、思い切って会社にしてしまえ、その方が自由な経営活動ができ、面白いだろうと3年前に会社組織にしました。期待通り、在宅勤務者が13名から28名、通勤して仕事をしている地域の障害者が0名から5名、視覚障害者1名を含めて34名の障害者を雇用する規模の会社となりました。その歩みは正しく順調なホップ・ステップでした。
会社をつくる構想を、CSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス(法遵守)のブームの波にのせ、「特例子会社をつくれば障害者法定雇用率が達成できる」とOKIへのPRに努めました。本当の私たちの気持ちは「面白い仕事ができそう」であったと思います。
ホップは、OKIのCSRを満足させるため、会社設立した2004年の6月1日の雇用率報告で法定雇用率1.8%をクリアしました。翌年の6月1日ではグループ会社10社を含めての達成となり、OKIのCSRを十分満足させてステップへと進みました。
ステップとしては事業の種まきをしました。ひとつは、Web制作会社として健常者の会社と同等の技術力、生産力をつけることです。技術力は誰もが得意とする技術力を持とうと、年に2回のコーディネーターとの電話によるスキルアップ面接で、どんな技術力をアップするかを話し合い、勉強していくことにより着実に個々人の力がアップしてきました。生産力は、重度の障害者であるために個々人の働ける時間は、残業、徹夜、休日出勤が可能な健常者より相当少ないことは明白であります。それをカバーするための生産システムを確立しました。独自開発のグループウェアにより、ノウハウや各人の出勤、介護関係、負荷の状況等が共有でき、総合的生産力をアップすることに成功しました。「健常者に負けないためには、時間やスピードを競うのではなく、手戻りのない確実な仕事をすること」をモットーにしています。また、障害のある在宅勤務者の中にプロジェクトリーダーの役割をするディレクターを任命し、コーディネーター…ディレクター…クリエーターという生産組織をつくり、普通のWeb制作会社のような生産体制ができました。それによりOKI以外からの仕事も増えつつあります。
もうひとつは新規事業の足がかりをつくりました。教育事業と在宅勤務コンサル事業です。教育事業は養護学校(ボランティア)や東京コロニーから委託の在宅での就労教育の経験を活かし、国の制度の「障害者委託訓練・e-ラーニングコース」の受託ができるようになりました。在宅勤務コンサル事業は06年度末にやっとモデルユーザーが現れました。10年間の障害者在宅勤務に携わってきた経験で「国の在宅就労のための教育が中心の施策だけでは在宅雇用は進まない。企業のコーディネーターの育成や在宅勤務システムの伝授が必要。」という主張を実践できる準備ができました。
さてこれからがジャンプです。親会社およびグループ会社からの障害者法定雇用率達成ということによる支援をバネに、本当のベンチャー会社になりたいのです。ステップで挙げた以外でもジャンプの目があります。今年度は在宅勤務者のディレクターが複数の在宅クリエーターに「今日10時から会議室Bで**会社様ホームページ作成プロジェクト会議をするので集合して欲しい」というような不思議なメールが飛び交うはずです。机を並べての仕事や、会議への参加は迅速な意思決定やOJTには欠かせません。電話やメールではどうにもならない問題です。私たちの経験を活かしたインターネットでの「多地点での音声コミュニケーションシステム」名づけて「ワークウェル・コミュニケーター」を開発しました。まだ、商用にはならないプロトタイプではありますが、在宅就労支援団体等にも試用してもらい、商用化にこぎつけるのが今年の夢です。私自身はソーシャル・アントレプレナー(社会的企業家)的行動を心がけたいと思います。
3月にJRの房総発見伝のPRに誘われ、房総最南端の白浜へ一泊二日で旅行しました。一日目はおだやかな晴天で、館山からバスやウォーキングで白浜まで気持ちの良い旅をしました。二日目は雨は降らなかったのですが、春二番が吹き荒れ、案の定、帰りの電車が遅れて難儀をしました。きれいなお花畑の後には、どんな荒波が来るか分かりません。気を引き締めていかないと。
車窓には お花畑と 荒れし海