木村のつぶやき つぶやきNo.3(2007年2月) 在宅勤務とテレワーク
「明けましておめでとう」というには、すでにお正月から一月も経ち遅い季節になりました。2007年は在宅勤務チームOKIネットワーカーズが誕生してから10年目の年になります。10年前はインターネットが障害者の社会参加に有効な手段であるとの認識がもたれ、インターネットの使用料金に障害者割引を導入して欲しいとの要望がでていたような時期でした。障害者のパソコンによる在宅勤務は(社福)プロップステーションの「ナミねぇ」こと竹中ナミ氏や(社福)東京コロニーの堀込真理子氏が熱心に提唱や推進をしていましたが、まだまだ世の中に認知されるものではありませんでした。テレワークということばも、2000年に社団法人日本サテライトオフィス協会が日本テレワーク協会に名称変更してから少しずつ市民権を得てきましたが、まだまだ一般的にはマイナーなことばでした。2006年は安倍総理が所信表明演説で再チャレンジのツールとしてのテレワークの有効性を述べ、国策として力を入れることを表明しました。あまり知られていませんが、もともと国の方針として2010年までに就労人口の20%をテレワーカーにするという計画がありましたが、総理の演説によりもっと弾みがつくと期待しています。
1月26日に財団法人日本障害者リハビリテーション協会と日英高齢者・障害者ケア開発協力機構が主催する「各国のソーシャル・ファームに対する支援」セミナーのイギリスとイタリアの講演者が当社へ視察に訪れました。当社の在宅勤務の仕事内容や障害者雇用実績、また、国の障害者の在宅勤務推進への力の入れ方を説明しましたが、彼らには在宅勤務というのが納得がいかないようでした。「国は障害者を家に押し込めておく施策を推進しているのか?」とか「会社で皆が働いているのなら、会社まで通勤する手段を支援するのがソーシャル・インクルージョン(社会的包括)やノーマライゼーションでは?」とか障害者の在宅勤務に対する印象は良くありませんでした。逆に「テレワークは環境の良い田舎でも仕事ができてよいですね?」という有り様でした。どうもヨーロッパではソーシャル・インクルージョンという概念で評価するようです。この概念は「誰もが健康で文化的な生活をおくることができるように、人々を孤独や排除から救い、社会の構成員として包み込むことを目指す」ということです。在宅勤務はどうも「孤独と排除」というイメージなのです。
下記の意味合いのふたつの反論をしました。
- 現在就労している方は当社に就労していない場合と比べると、仕事や仲間とのコミュニケーションが増え、QOL(生活の質)はアップしている。
- たとえ、会社まで通勤の支援をしても、家でないとケアの環境がつくれなく、在宅でしか働けない重度の障害者も存在する。
この訪問で得た教訓から、これからは在宅勤務という表現をやめ、テレワークという言い方をしていくのと、テレワークは働き方の選択なので、希望があれば、会社内でも車椅子の障害者が働ける環境づくりを目指していきたいと思います。
さて、私事ですが、正月は車が混むので、去年の暮れ、年老いた父へのご機嫌伺いに行きました。母亡き今、近所に住む妹に普段のケアをお願いしているのですが、負担の軽減のためデイ・ケアサービスを週1日利用することにしています。父に「行っているか」と聞くと「こわいから行かない」と返答があり、施設を選んだ理由は介護士さんが親切だと思ったからなのになぁと一瞬ポカンとしましたが、茨城弁では「こわい」は「疲れる」という意味で、納得しました。因みに、「恐い」は「おっかない」です。その日は子供のころ海水浴に行った大洗の大貫海岸に温泉があるというので一泊、地元出身でありながら食したことのない「どぶ汁」を体験しました。どぶ汁は漁師料理で水を一滴も使わず、あん肝と味噌をペースト状にして、あんこうと野菜の水分で鍋にします。
どぶ汁で はなしに花咲き 大洗